この度AMMON TOKYOギャラリーでは、独特の生命感と寓話的な静寂が共存する彫刻家石下雅斗の個展を「コマドリと予兆」と題し、開催いたします。
石下は映画や音楽、サブカルチャー、そして古今東西の美術史といった多岐にわたる領域からインスピレーションを受け、人間の願望や深層心理に潜むイメージを、陶という素材を通して具現化してきました。その創作活動は、技巧的な造形力と、見る者の想像力を掻き立てる物語性を深めてきました。
本展では、そのキャリアの初期を象徴する東京藝術大学学部卒業制作『いきみちの塔』(2018)や、前回の個展での作品『戦慄と諦観』(2024)に加えて、静謐な佇まいの中に、不思議な気配や未来への暗示を宿す新作群を展示いたします。
写真撮影
羅城に駒鳥鳴く:Shun Onozawa @shun__z
いきみちの塔: Yo Noguchi @ngcshh
戦慄と諦観: Shun Okada @smilepeace8
羅城に駒鳥鳴く:Shun Onozawa @shun__z
いきみちの塔: Yo Noguchi @ngcshh
戦慄と諦観: Shun Okada @smilepeace8
INFORMATION
ーコマドリと予兆ーAuguries of Robin ISHIGE Masato Gato
2025.6.4(wed) - 6.28.(sat)
会場:AMMON TOKYO
時間:12:00 - 18:30 最終日は17:00まで ※月・火休廊
101-0051 東京都千代田区神田神保町2-11-4 メゾン・ド・ヴィレ神田神保町(神保町さくら通り)
Tel/Fax:03-6261-0018
Email:[email protected]
Venue: AMMON TOKYO
Hours: 12:00-18:30
Maison de Ville Kanda Jimbocho(Jimbocho Sakura Street).2-11-4.Kanda Jimbocho.Chiyoda-ku.Tokyo 101-0061 Japan
Tel/Fax: +81-(0)3-6261-0018
Email: [email protected]
主催 AMMON TOKYO
PROFILE
石下雅斗ISHIGE Masato Gato
彫刻家 sculptor
ARTIST STATEMENT
今回の展示はウィリアム・ブレイク作「無垢なる予兆」の内容をテーマとしている。
この詩の特徴は象徴的な微小な存在や出来事、寓話をとおして、普遍的な真理や世界の在り方を見つめ、そして簡潔な言葉を用いながら、神秘主義的洞察にもとづいた倫理感や教訓を説き、その裏に当時の不正や抑圧に対した社会批判を込めた内容となっている。キリスト教的な象徴や節が随所に見られるが、その感覚の多くは我々日本人になじみ深いアニミズム的な神道の理念に通じ、そして密教における曼荼羅の世界観や大乗仏教、小乗仏教といったスケール感、生きとし生ける生命の尊厳を賛美する姿勢に通ずる所がある。
マザーグース作の「誰がクック・ロビンを殺したか」でも取り上げられるようにコマドリは悲劇に見舞われる悲しみの象徴であるともいえる。
さてそこで世界に目を向けるとどうか?ブレイク託した希望の詩は評価され、世界で高らかに諳んじられているのにもかかわらず、世界では今も多くのコマドリがスズメに射抜かれ、隣で籠に入れられている。
それは今も昔も変わらない人間の性なのか。
天を怒らせずとも、国を滅ぼさずとも、道が何であれ、夏の喜びの朝が悲しみの夜の涙を慰める日が来ることを願って。
石下雅斗ISHIGE Masato Gato
彫刻家 sculptor
ARTIST STATEMENT
今回の展示はウィリアム・ブレイク作「無垢なる予兆」の内容をテーマとしている。
この詩の特徴は象徴的な微小な存在や出来事、寓話をとおして、普遍的な真理や世界の在り方を見つめ、そして簡潔な言葉を用いながら、神秘主義的洞察にもとづいた倫理感や教訓を説き、その裏に当時の不正や抑圧に対した社会批判を込めた内容となっている。キリスト教的な象徴や節が随所に見られるが、その感覚の多くは我々日本人になじみ深いアニミズム的な神道の理念に通じ、そして密教における曼荼羅の世界観や大乗仏教、小乗仏教といったスケール感、生きとし生ける生命の尊厳を賛美する姿勢に通ずる所がある。
マザーグース作の「誰がクック・ロビンを殺したか」でも取り上げられるようにコマドリは悲劇に見舞われる悲しみの象徴であるともいえる。
さてそこで世界に目を向けるとどうか?ブレイク託した希望の詩は評価され、世界で高らかに諳んじられているのにもかかわらず、世界では今も多くのコマドリがスズメに射抜かれ、隣で籠に入れられている。
それは今も昔も変わらない人間の性なのか。
天を怒らせずとも、国を滅ぼさずとも、道が何であれ、夏の喜びの朝が悲しみの夜の涙を慰める日が来ることを願って。